国際人権デー2024:女性に対するサイバー暴力の問題
女性の権利は人権である
全ての人間は、その特性に関わらず、生まれながらにして普遍的な権利を有している。1948年に「世界人権宣言」で確立され、数々の国際条約や各国の憲法を通じて再確認されているこの権利は、尊厳や平等、差別からの自由という原則を具体化している。こうした様々な公約にも関わらず、世界中の女性と女児は、性別を理由とする差別や深刻な人権侵害を受け続けている。こうした女性の権利侵害を別扱いするのではなく、同等の重要性を持つ基本的人権の侵害として捉えることが極めて重要である。
「女性に対するあらゆる形態の暴力は卑劣である。それは人権侵害であり、われわれの中心的な価値を損なうものだ。世界各地で女性は、肉体的、性的、心理的および経済的な筆舌に尽くし難い暴力をオフライン・オンライン上で受け続けている」
ジョセップ・ボレル前EU外務・安全保障政策上級代表兼欧州委員会副委員長 (2019-2024)
今日、女性の権利侵害の新たな領域であるサイバー暴力に取り組む上で、これらの原則は極めて重要だ。技術はエンパワーメントやインクルージョン、参加の可能性を開くと同時に、既存の制度的不平等を反映し、さらに新しい形態の虐待を永続させ、今日のますますデジタル化した世界において、個人の安全や尊厳、自由を脅かしている。
「国際人権デー」に際して、われわれは、女性に対する暴力との闘いをサイバー領域にも拡大し、安全と危害からの自由に対する普遍的権利を擁護しなければならない。
女性に対するサイバー暴力とは?
女性に対するサイバー暴力は、幅広い意味を持ち、世界的に合意された定義はない[1]。しかし、技術により容易になった女性に対する暴力行為を指すことが多い。つまり、そこには情報通信技術(電話、ソーシャルメディアプラットフォーム、その他の電子機器など)を通じて、またはその中で行われるジェンダーに基づく暴力行為がすべて含まれる。
誰もがサイバー暴力を受ける可能性がある一方、サイバー暴力は女性、特に公衆の注目を集める女性(ジャーナリスト、政治家、人権擁護活動家など)や、交差的な差別(人種差別、能力差別など)に直面している女性に不当により大きな影響を与えている。
女性に対するサイバー暴力の形態には、以下が含まれる。
- ネット上での嫌がらせ、ヘイトスピーチ、ネットいじめ: 身体的虐待や強姦、殺人の脅迫を伴うことが多い。
- ドキシング(Doxing): 被害者を危険にさらす目的で、個人情報(自宅住所など)をネット上に公開すること。
- 画像による性的虐待: 例えば、ディープフェイクのような新しい形態など、性的な画像を本人の同意なしに配布すること。ディープフェイクでは、被害者の顔を用いて、偽物だが本物のように見える性的に露骨なコンテンツを作成するために人工知能(AI)が使用される。
- ネットストーカー: アプリやデバイスを用いて、個人を追跡または密かに監視すること。
したがって、女性に対するサイバー暴力には、ソーシャルメディア上の憎悪に満ちたコメントだけでなく、女性を傷つけ支配するために技術やデジタル機器を使用することも含まれる。こうした暴力に関する包括的な統計データはいまだ少なく、調査に含まれる場合も部分的にしか取り上げられていないか、一般的なジェンダーに基づく暴力と混同されていることが多い.[2]
女性に対するサイバー暴力は、オフラインの暴力と同様に現実に生じている。実際、アナログな空間での暴力はしばしばオンラインでも続き、その逆もまた同様で、両形態の暴力は深く絡み合い、相互に強化される。加害者は、(元)パートナーや同僚、同級生など被害者の知り合いである場合もあれば、全く名前も顔も知らない場合もある。
重要な課題は、インターネットと現代技術の急速に絶え間なく進化するボーダレスな性質にある。例えば、コンテンツは一度アップロードされると、何百万人に届く可能性があり、それを削除することは特に難しくなる。さらに、多くの人々は監視や追跡に使われる新技術やデバイスの能力に疎いため、その脆弱性がさらに高まる。
その影響は多面的で、オフラインでの身体的・性的虐待、心理的トラウマ、社会的孤立、経済的被害などに及ぶ。その結果、サイバー暴力を経験した多くの女性は、オンラインで共有するかどうか、何を共有するかを考え直す。そして、オンライン空間から撤退し、デジタル時代に女性の声は沈黙を強いられることになる。
EUの女性に対するサイバー暴力対策
市民社会組織が先頭に立ってこのテーマを政治問題化することに努めているが、EU加盟国だけでなくEUレベルの政策でもこの問題に取り組み始めている。一方、ソーシャルメディアプラットフォームなどサービスプロバイダーも責任を共有しており、女性に対するサイバー暴力にどう取り組むかについての議論に参加する必要がある。
国レベルでは、EU加盟国の政府内で的を絞ったサイバー暴力対策の必要性への認識が高まっている。しかし、法的枠組みや政策は現在も加盟国によってかなり異なり、サイバー暴力に関してジェンダーの視点に特化した取り組みは稀だ。
EUレベルで特筆に値する重要な進展が二つある。
- 2022年のデジタルサービス法の採択
EUの「デジタルサービス法(DSA)」は、オンラインの仲介業者やプラットフォーム(オンラインマーケット、ソーシャルネットワーク、コンテンツ共有プラットフォームなど)を規制する。その主な目的は、オンライン上の違法で有害な活動(例えば、本人の同意のない、性的に露骨なあるいは操作されたコンテンツの共有)を防止し、そのような活動を報告する仕組みを確立することで、ユーザーの安全と基本的権利を保護することにある。そのため、女性に対するサイバー暴力対策の基盤となる。プロバイダーに対する同法に基づく義務は、2024年2月に発効した。
- 2024年の女性に対する暴力および家庭内暴力の撲滅に関するEU指令2024/1385 の採択
EU指令は、全EU加盟国が達成しなければならない目標を定める立法行為だ。各国は独自に法律を制定できるが、EU指令で設定された目標を達成する義務がある。
EU指令2024/1385は、女性に対するサイバー暴力に関する包括的な対策を講じるEU法の最初のものである。
- 本指令は、サイバー暴力が女性に不当に大きな影響を与え、女性の沈黙や女性の社会参加の抑制につながることを認めている。
- 本指令は、サイバー暴力と闘うための強力な規定を設け、その最も一般的な形態、すなわち、親密な内容の同意のない共有、ディープフェイク、ネットストーカー、オンライン上での暴力や憎悪への扇動、サイバーフラッシングやドキシングなどのネット上の嫌がらせを犯罪化する。
- 本指令は、デジタルサービス法に基づいて、オンラインプラットフォームなどサービスプロバイダーに対し、特定のオンラインコンテンツの削除など具体的な規定を設けている。
- さらに、EU加盟国に対し、専門家による支援サービスの設置や、利用者がサイバー暴力を特定し、支援を求め、防止するための予防措置の確立を義務づけている。
- またEUは、すでにオンライン空間で指令を実行に移すために、プラットフォームと連携して取り組みを実施している。
EUは、女性に対するサイバー暴力に関する問題意識をさらに高め、包括的な法律によりその問題に対処し、デジタル空間やその他の場所で女性の安全、尊厳、参加を確保する上で大きく前進している。
[1] 2022年欧州ジェンダー平等機関報告書「女性と女児に対するサイバー暴力の撲滅」の中に、国際的および国内的な定義の概観がある。欧州評議会もこの問題に関する包括的な概要を提供している。
[2] 初期の「女性に対する暴力に関するEU基本権調査(2014)」 によれば、EU域内の若い女性の20%は、何らかの形でネット上で性的嫌がらせを受けた経験がある。頻繁に引用される「アムネスティ・インターナショナル(2017) 」の別の調査では、ネット上で虐待や嫌がらせを受けた経験のある女性の46%は、それは女性嫌悪や性差別的なものであったと述べている。